全国保育団体連絡会

日本学術会議の任命拒否に関する談話

日本学術会議の任命拒否に関する談話
全国の保育・子育てに関わっているみなさまへ

全国保育団体連絡会会長 大宮勇雄

 未来を担う大切な子どもたちのために、コロナ禍の中でも日々保育にご尽力されているみなさまに、心より敬意を表します。
 菅首相は、日本学術会議が推薦した会員候補のうち、6名の任命を拒否しました。このことは、学問研究の自由を侵害するだけでなく、研究や議論をもとにした保育・子育ての健全な発展を阻害し、また我が国の平和と民主主義を根本から掘り崩す重大な問題をはらんでいると考え、談話を発表いたします。
 保育・子育てに関わるみなさまがこの問題に関心を寄せ、平和と民主主義を守るために意見表明などの行動を起こしていただくことを呼びかけます。

【日本学術会議とは】

 戦時中、我が国の学問研究は、政府や軍部によって厳しく統制され、戦争推進に利用・協力させられました。その苦々しい歴史への真摯な反省に立って、戦争を二度と引き起こさない、そのためには学問研究は、ときの政府や支配者の意向に左右されずに、独立して自由に行わなければならない―こうした社会の総意に基づいて日本学術会議(以下、学術会議)は創設されました。
 学術会議は、平和と福祉に寄与する学術の発展のために、政府の科学技術政策や予算配分などについて、政府に対して答申・勧告・提言する役割と責任を担っています。つまり、政府の科学技術政策をチェックする機関なのです。
 当然、政府から独立して職務を行わなければなりません(学術会議法3条)。また、その構成メンバーの選出は政府の意向によるのではなく、「優れた研究業績」のみを基準にして学術会議が推薦し、内閣総理大臣は「その推薦に基づいて任命する」という仕組みが法律で明確に定められています(同法7条)。

【今回の任命拒否の持つ意味】

 こうした設立の経緯と法律を踏まえれば、菅首相による任命拒否はあきらかに法律に違反するものであり、独立した機関への違法な政治的介入です。
 政府はこの間、全国の大学や研究機関に対し、軍事目的の研究への関与を促していますが、その背後には、武器輸出を解禁し軍需産業を育成するために、軍産官学共同を拡大しようというたくらみがあると言われています。学術会議は、こうした政府に対して、軍事目的の研究に基本的に反対する見解を発表してきました(「軍事的安全保障研究に関する声明」2017年3月24日)。
 今回の任命拒否の直接のねらいは、そうした学術会議の活動を抑え込み、その権限を弱めようとすることにあるといえます。

【私たちにも関わる問題】

 しかし今回の任命拒否は、学術会議だけの問題にとどまりません。
 首相は「任命拒否」の理由をまったく明らかにしていません。憲法や法律をないがしろにする自らの姿勢を全く顧みることなく、屁理屈や詭弁を使いながら、力ずくで強行しようとするところに、菅政権のきわめて危険な性格を感じます。
 もしこうした違法な任命拒否が認められれば、その影響は甚大です。
 こうした政治権力の横暴なやり方がまかり通れば、時々の政権の意向で、研究機関の人事に介入することが可能になるでしょう。また、政府に批判的な見解を表明している研究者を、さまざまな圧力をかけて排除する動きが広がり、学問研究は真理探究という生命力を奪われ、科学や自由な議論をもとにした社会の発展や文化の創造もゆがめられるでしょう。それは、私たちとともに保育や子どもの研究をすすめているすべての研究者・研究会にも影響が及ぶことであり、実践や運動の停滞を招く恐れすらあります。そうなってしまってからでは遅すぎます。今、声を上げなくてはなりません。

【子どもたちの幸せと保育の創造的発展のために】

 この問題は、学者・研究者の問題にとどまらず、私たち一人ひとりの言論表現の自由や創造的な文化活動全般、そして基本的人権そのものにかかわる重大な問題です。子どもの権利保障に直接かかわる保育関係者として、他人事として済ませることはできません。
 今回のような違憲・違法な学問研究への権力介入は、偶然生じたものではありません。先ほど述べたように、政府が軍事研究を推進しようとする中で行われたものです。その背後には、米国と一体となった軍備拡張政策、つまり日本を軍事国家へ変質させようとする政治動向があります。
 そもそも、国家間の対立は戦争や武力で解決できるものではありません。また、戦争への道は基本的人権を根こそぎ奪う恐ろしいものであることを、私たちは先輩たちの経験を通して学んでいます。戦争中の保育を例にとれば、理論的リーダーの地位にあった、ある高名な研究者は「幼児よ、国家のために遊べ」と題する論文を発表せざるを得ない状況に追い込まれました。国家存亡の危機にあって、子どもたちの遊びは、屈強な兵士と従順な国民に育てるうえで効果のあるものでなくてはならないと説いたのです。
 遊ぶことは子どもの最も大切な基本的人権です。国家に役立つためという目的がなければ遊んではならないというのは、まったくおかしな話です。
 学問研究が統制され、科学と真理探究にもとづく保育が抑え込まれるとき、子どもたちは国家や戦争の道具となり、遊びは子どもの生命力のほとばしりではなく、その命を国家に奪われる準備に変わり果ててしまうのです。
 世界平和と民主主義と基本的人権の原則を堅持することが、私たちの社会の未来を切り開く、もっとも確かな方向であることを日本国憲法は示しています。
 今日の状況の中で、この憲法の原理をあらためて胸に刻み、深め合い、確信にしていくことが必要です。平和と民主主義なくして子どもの笑顔輝く保育の発展はありません。私たちが連綿と発展させてきた保育研究運動はそうした良識の上に築かれてきました。その運動を受け継ぎ、さらに広げるためにも、学び合い、語り合いながら実践し、行動しましょう。
 その一歩として、今回の学術会議の任命拒否に対し、ともに学び、反対の声をあげましょう。

2020.10.14